黒澤明監督『七人の侍』の驚異のコンテンツ力

遠江秀年(とおのえひでとし)です。

私がこれまでに観た数々の映画のなかで、もしベストワンを選べと言われたら、迷うことなく挙げるのは黒澤明監督の『七人の侍』になります。

その物語のおもしろさ、俳優たちの繰り広げる生涯の名演、圧倒的な映像の迫力、その全てを統べる監督の悟り、さらには配給会社トップの懐の深さ、いずれをとっても史上最高と思うからです。

このような名作が敗戦後十年を待たずして日本に生まれたことは、奇跡としか言いようがありません。

この作品には映画という総合芸術の極致があります。

きょうは三十年にわたって観続けてきた私の万感こもった論説になるでしょう。

では、『七人の侍』をなぜ私があなたに強く薦めるのか。

それは最良のコンテンツづくりのお手本をこの作品が示しているからなのです。

◆物語のおもしろさ

『七人の侍』とは、野武士の襲撃に村の存亡を脅かされた農民たちが、天使の志を持つ七人の浪人侍たちによって、見事村を護られるお話です。

無力な農民たちの救いようがない絶望、
腕の立つ侍を雇えという長老の智慧、
人格も智謀も第一級のリーダー侍の登場、
六人の個性あふれる侍たちのリクルート、
軍師が入ったことによる村の活性化、
美しい村娘と若侍の淡い恋、
そして開戦、
鮮やかな勝利、
侍と農民に生まれる友情、
かけがえのない仲間の死、
豪雨の中の最後の死闘、
そしてラストの余韻、

物語は人間心の陰影を深く描き出し、悲しみと、驚きと、笑いと、緊迫と、感動のプロットを幾重にも織りなしながら、三時間半の長丁場を虹のように魅せていきます。

とくにリーダー侍・名優志村喬演ずるところの勘兵衛が、不思議な坊主姿で登場し、彼の盟友・世界の三船敏郎扮する菊千代と邂逅する場面は、ほんとうに千両役者登場でワクワクさせます。

さらにはアメリカ人やフランス人のあいだで「サムライブーム」を巻き起こした、宮口精二演ずる剣の達人・久蔵は、クリント・イーストウッドのダーティハリーを凌駕してカッコいい。

久蔵が野武士を待ち伏せして斬るために、雑草茂る大木の根元でやや身体を傾けて、気配を殺しながら泰然と待つ姿は、どの殺し屋よりも静かな迫力を持ちます。

そしてあらゆる物語が織りなしながら、すべてが最後の土砂降りのなかの決戦に収斂していくなかで、われわれは主人公たちに完全に感情移入して一体化するのです。

もしあなたが物語によるマーケティングをものにしたいなら、『七人の侍』を観ずしてそれを果たすことはできないでしょう。

◆俳優たちの生涯の名演

この映画の主演は、黒澤組で有名な世界の三船と名優・志村喬ですが、彼らはその長いキャリアの中で間違いなく生涯の名演をしています。

三船の型破りのバイタリティは、世界のどの名作の主人公より迫力ある忘れがたい印象を残すと私は思っています。

また、志村の徳ある演技は、戦場のリーダーの理想形を示しており、世界最強国のアメリカで特に彼の人気が高かったことがそれを証明しています。

さらに脇を固める千秋実と藤原釜足は、その後も名物コンビとなり、のちにジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』シリーズでC-3POとR2-D2の原型になるほどの人気キャラになりました。

またその他前出の宮口精二をはじめ、農民リーダーの土屋嘉男や、温厚な副官を演じた稲葉義男もそれぞれが絶妙の仕事をしています。

私は七年前、地球の反対側のブラジルの、さらに僻地でネイティブを二十人ほど集めた人間セミナーを開いたとき、『七人の侍』の副官の素晴らしさに言及し、彼の名前が出てこず言い淀むと、剣道をやっているブラジルの貧しい若者が、「ゴロベエ、ゴロベエ(五郎兵衛)」と教えてくれたのに驚きました。

ブラジル僻地の若者の心にまで『七人の侍』の登場人物たちは息づいていたのです。

個性あふれる名優たちに、ここまで生涯最高の演技をさせる監督とはいったい何者でしょうか。

◆巨匠・黒澤明

黒澤明は『七人の侍』の絵コンテから脚本から演技指導から監督・編集まで、いわゆる川上から川下まですべてを統括するゼネラルリーダーです。

この人の作品はどれを見ても俳優が一世一代の名演をしようと真剣になりますが、それは監督から放たれる光が極めて強いからです。

いわば黒澤が太陽であり、俳優たちはその光を受けて輝く月のような関係で、全体が大調和されていきます。

「かつてなかったほどおもしろい映画を撮る」というのが、黒澤の最初の念いだったそうであり、それを幾多の波風乗り越えてやってのけるところに、この方の時代を創る底力があります。

まさに戦後の一世代を通じて、「クロサワの時代」というものを創った大きさがこの人にはありました。

だから、総力戦に敗戦してほぼ米国の植民地に近かった日本だったのに、この黒澤の『七人の侍』は本国アメリカをも感動させて、スピルバーグ、ルーカス、コッポラといったハリウッドの巨匠たちはみな黒澤を「センセイ」として師事しました。

だから『スター・ウォーズ』も『インディ・ジョーンズ』も『ゴッド・ファーザー』も、みな『七人の侍』の流れを汲んでいると言って過言ではありません。

この人が、敗戦にぺしゃんこになった日本の悪しきイメージを覆し、「サムライ」に対する世界中の尊敬を勝ち取った張本人なのです。

私たちは自分の民族に黒澤明を持ったことを誇りに思うべきでしょう。

◆そして小林一三

そして、最後になりますが黒澤が桁外れの大作を撮るために、当初の予算と撮影期間を大幅にオーバーして、あわや撮影中止かという危地に陥ったとき、「まぁあいつのことだ、いい映画を撮るだろう。やらしてやれ」という英断をしたのが、当時の東宝社長・小林一三なのです。

この人は、阪急電車と阪急デパートと宝塚歌劇団を創った人といえば、誰にでもわかるでしょう。

小林一三と黒澤明のあいだにどんなやりとりがあったのかは存じませんが、型破りの黒澤の力を買って、それを包み込んだのは間違いなく事業の神様・小林一三の器の大きさだったと思います。

このようなさまざまな千両役者たちの連携によって、世紀の名作は世に出ました。

私は「これぞほんとうの仕事というものだ」ということを、この方々から教えられたのです。

誰かの発した一念が、大きなる磁石となり、優れた人材を引き寄せて大きな渦をつくり、そして創造物となって姿を現す。

そのなかに命懸けの死地に迷うことなく刀を差して向かうサムライの、もっとも美しいかたちで現れた大和魂を見るのです。

「この仕事は何の恩賞にもならんし、今度こそ死ぬかもしれん。それでもついてくるか?」

そう勘兵衛が古女房たる昔の部下に訊いたとき、ニコッと笑って頷いた七郎次のさわやかさが、黒澤組のなんたるかを雄弁に物語っております。

黒澤明監督の『七人の侍』。これはあらゆる仕事を志す者がバイブルにすべき不朽の名作であります。

それではまた。

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