雨が降ったら雨具着る
遠江(とおのえ)です。
標題の「雨が降ったら雨具着る」というのは、私の敬愛する松下幸之助先生の有名な言葉、「雨が降ったら傘をさす」のオマージュです。
「雨が降ったら傘をさす」の意味は、「事業成功の秘訣は、当たり前のことを当たり前のように徹底することだ」という悟りであり、私もまったく異議はございません。
ただ、幸之助先生は高度経済成長期のチャンピオンであり、あの時期はたしかに当たり前のことを当たり前に徹底する人が勝ち上がりましたが、いまのような低成長時代はそれだけでは難しいと思うのです。
なので、私の「雨が降ったら雨具着る」は「差別化すれども、奇は衒(てら)わず」ということを申し上げています。
これが私の考える低成長時代の勝利の法則です。
なぜそう言えるのかについて、述べてみたいと思います。
◆差別化する
「差別化」というのは、人と同じことをしていたのでは成功しない、という考え方で、低成長時代の常識的経営論です。
私も「差別化」を常に念頭に置いて活動しています。
ところで本日は雨でして、私はさきほどまで自分の思想の着想を得るために、雨具を着て渋谷の街を散歩しながら思索しておりました。
渋谷には何万人もの人が傘をさして歩いていましたが、雨具で散歩している人は一人も見かけませんでした。
つまり、私は完全差別化して渋谷の街を歩いていたのです。
なぜ傘をささずに雨具を着るかというと、手ぶらで歩かないと自由にものを考えにくいからです。
荷物を持つ、傘をさすといった些細なストレスでも、何%かは確実に自由さを阻害するので、私は逍遥するときは必ず手ぶらで歩きます。
しかも雨の日は家のなかにじっとしているだけでは、ひらめきをいくつも得るのが難しいので、雨具を着て街に出たというわけです。
そして、私は雨の中の逍遥でたしかに着想を得て帰って来、いまこれを書いています。
人と違う差別化した視点で街を歩くことにより、人の考えつかない着想を得て帰って来たのです。
同じものでも見方が違えば思うことも違ってくるわけです。
◆奇を衒わず
しかし、雨具を着て雨の中を歩くというのは、別段、奇を衒うというほどのことではありません。
工事現場で作業をしている人や、郵便配達人は雨具を着て仕事していますので。
ただ、雨具を着て散歩しながら思索する人は他に誰もいなかっただけです。
私は優れたアイデアというのはこのようなものではないかと思っているのです。
つまり、決して奇を衒ったわけではないのに、他と違ってしっかり差別化されている。
こういうものが当たる企画の条件ではないかと考えております。
数多く、いろんな企画を当ててきた身としては、企画は出した瞬間に「お、いいね」と言われるわかりやすさがなければ通らないことを知っています。
その一瞬で返ってくる「お、いいね」を引き出すには、「どこかにあったような気はするけど、どこにもないもの」がいちばんいいと私は考えているのです。
もちろんピカソの絵のような、ほんとうに誰も見たことのないような奇なる名作、というのはあります。
しかし、そういうものは商売にはなりません。少なくとも認められるまでに一定の時間がかかります。
私はそういう画期的なアイデアも好きですが、そういうのは場外ホームランのようなものであって、狙って打てるものではありません。
ピカソにしたって作品を出す方は、「ちょっと変わってはいるけど、そんなには変じゃないはずだよ」と思ったものが、受け取った方ではだんだん大騒ぎになった、というのが真相ではないでしょうか。
だから「差別化すれども、奇を衒わず」というバランスのものが、いちばんよく当たるというのが私の考えです。
◆シルヴァノ・ラッタンジの靴に思う
そして、「雨が降ったら雨具着る」のようなことを普段から心がけている者に、こういう「差別化すれど、奇は衒わず」的な着想は湧きやすいと思っているのです。
それは「鱗一枚見ればどんな魚かわかる」という考え方があるからです。
一枚の鱗の性質は、その魚の他のどの部分にも同じ声質として備わっている、ということですね。
だから日常のちょっとした工夫の積み重ねというのは、意外に大きな差となって現れるのです。
きょう伊勢丹新宿店のメンズ靴売り場で、シルヴァノ・ラッタンジという現代最高の靴職人の作った靴を履かせてもらいました。
35万円という高級靴売り場の中でもピカイチの値段でしたが、やはりジョンロブやエドワード・グリーンという世界最高峰のブランド靴と較べてもオーラが違います。
そう言ったら、2〜3人集まってきたショップの店員の中で、いちばん靴の知識に詳しい女店員が、とっても嬉しそうに「ありがとうございます」といったのが印象的でした。
ラッタンジの靴はクラシックなフォルムをしていますが、どこか違うのです。
その不思議な差別化は、必ず彼の日常の工夫の積み重ねにあると私はにらんでいます。
彼もまた「雨が降ったら雨具着る」タイプの人に違いないと、以前雑誌で見た彼のしゃれのめした姿を想い出しながら思いました。
そうでなければ、同じような靴が並んでいる中で、奇を衒っているわけでないのに、抜きん出たオーラを放つはずがありません。
私は分野は違っても、そういう仕事をしたいと心から思っています。
それではまた。