本から智慧を得る私の方法

遠江(とおのえ)です。

◆思慧ノートのつくりかた

私は自分の考えを練るために、「思慧(しえ)ノート」というものをつくっています。

「思慧」というのは、考えることによって得る智慧のことだと理解してください。

私の思慧ノートの使い方としては、

何もないところから考えを書いていくこともあれば、
自分が読んだ本のなかから、特に感銘を受けた一文を抜き書きして、
そこから発想したことを書き連ねることも多いです。

私のノートの書き方は、
右ページをどんどん埋めていって、
左ページはとりあえず空白にしておいて、
あとからいくらでも書き足せるようにするというものです。

そうする理由は、あとでノートを読み返したとき、
また新たな考えを書きたせるようにするためです。

自分の考えを元に、時間を置いてさらに考えを足していく、
こういうかたちで考えを練っております。

◆著者との対話

本から抜き書きするのは時間がかかるのではないか、
と思われるかもしれませんが、
私は原則、一冊の本からワンセンテンスしか書き抜きません。

自分が感銘を受けたところに線を引きながら読み、
次はそこからさらに重要と思えるところを選び、
そういう作業を何度か繰り返して、
自分にとってのベスト1の一文を選び出して書き抜きます。

よほど自分にとってよい本は、
何文か抜き書きすることもありますが、
要するに、絞りに絞って「これは」という一文しか
書き抜かないということです。

なぜ、書き抜くのが大事かというと、
一つはあとで引用しやすいということと、
もう一つ、
文にはその著者の波動がこもっていますので、
書いてみることで、書かないときにはわからないものが見えてくるのです。

著者の思考エネルギーを自分のなかに入れてみる、という感じでしょうか。

そうすることによって優れた方との対話が始まるわけです。

つまり、抜き書きした一文が、禅でいうところの公案のようになって、
思慧(しえ)がすすむのです。

一種の読書瞑想をやっているということでしょう。

◆谷沢永一先生

読書瞑想をやっていると、
ある本から、つるをたぐるように次の本へと導かれることも
少なくありません。

このように「つるったぐり」をする起点となった本の著者で、
おもしろかったお一人は、
昭和・平成の碩学(せきがく)であられた
故谷沢永一(たにざわえいいち)さんです。

この方は蔵書二十万冊といわれた
当代きっての知識人の一人でありながら、
大阪人らしいユーモアを持たれた、
作家として親しみやすい方でした。

渡部昇一さん、司馬遼太郎さん、開高健さんなどと、
一流の知識人とも深い親交がありました。

すると、谷沢先生の本を読んでいると、
渡部昇一さんや司馬遼太郎さん開高健さんの本も読みたくなります。

この方々の著作は私の蔵書にも多数ありますので、
新たな興味を持ってそれらの本を読み直すことになります。

そういう時間が、まるで
大先生方の書斎におじゃまして、親しくお話をさせていただくような
愉悦のひとときになります。

私は読んだ日付を本に書き込む習慣がありますので、
「ああ、これは二十年前に大阪にいた時に読んだ本だな」とか、
「サンパウロにいたときにお伺いしたことだ。忘れてたなぁ」などと感慨も深く、
お世話になった恩人と邂逅(かいこう)して、
新たな発見をすることが嬉しいのです。

◆大書店での発見

ちなみに今回、東京で新居を探すときに、
なるべく大きな書店にアクセスのいい場所を選びましたが、
一つ当てが外れたことがありました。

それは、大きな書店の書棚の前を歩き回って、
いろいろな本を物色しても、
どの本もなぜかよそよそしく見えて、
なかなか買うには至らないことです。

これはいまの私が何か明確なテーマがあって、
関連書を探すというよりは、
テーマそのものを追い求めている時期だからかもしれません。

あらゆる可能性のなかから
自分がこれから取り組むテーマを探すようなとき、
大書店の無数の書籍は
意外によそよそしい顔しか見せてくれないのでした。

◆アマゾンの恩恵

ところが家にある蔵書は、
かつて知ったる旧友・恩師のようなものですから、
もっと温かい顔をして私を迎え入れてくれます。

そういう本をつまみ読みして、
「おっ、これは」と今の私にヒントを与えてくれる部分をつかみ出し、
そこから新たな本をつるったぐりてきに探し当てることは多いです。

その本が自分の蔵書のなかにあったときは、
「なんだ、あの人とあなたは友達だったのか」と、
眼を見張ることになります。

また、蔵書にない場合は、
「こういう縁で見つけた本は、探しだしても買うべき」と思っていますので、
アマゾンの通販で買うことになります。

その結果、本を買うのはほとんどの場合、
書店ではなくアマゾンということになりました。

「なんだ、このスタイルでいいのなら、
田舎に住んでも知的生活は送れるな」
と思ったりもします。

田舎なら同じ家賃でもっと大きな家に住め、
本を置くスペースももっと取れるはずですので。

まぁ、都会に住む面白さは、
他にもいろいろありますが。

◆智慧と富

とにかく知識は智慧を生み、智慧は富を引き寄せます。

現代はインターネットが発達したお陰で、
在宅しながらネットビジネスで智慧を売ることも可能になり、
しかもそれがかなり大きな富を引き寄せられる時代です。

人の役に立つ智慧を出せば、
仕組みさえ間違わなければ、
ちゃんと富が入ってくるありがたい時代になっています。

そのための有力な手立てとして、
本を読み、蔵書を置き、その中の珠玉の一節を公案にして、
参究を進めることがお勧めです。

もちろん人と会って、いろんな経験をして、
そのなかから得る智慧も必要です。

しかし、読書をあまりせず、長く智慧の世界で活躍した人を、
私は寡聞にしてほとんど知りません。

浅い智慧では、一時期成功したように見えても、永くは続かないものです。

逆に、古今東西の優れた方々から智慧の刺激を受けて、自らの智慧を生むという、
自分なりの錬金術を編み出せば、
人様の役に立ちながら富を生み、またその富で学びを増やす生活ができるでしょう。

肩ひじ張らず、好きな本を読めばいいと思います。

おもしろいと感じる本が、いまのあなたに必要な栄養でしょうから。

私もそうしてますし、主も基本的にそうされているようです。

何か参考になれば幸いです。

それではまた。

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