トニー・ベネットの感動力

遠江(とおのえ)です。

魅力的なコンテンツを生み出す一法として、優れたエンターテイメントから智慧を借りてくるとよい、という考えを私は持っています。

厳しい競争社会の中で長年勝ち抜いてきた人の芸には、学ぶところ大だと思うからです。

きょうはそのなかでも現在、最高の男性歌手にしてエンターテイナーと称されている、トニー・ベネットを取り上げたいと思います。

トニー・ベネットは世界的大ヒット曲「霧のサンフランシスコ」などを持ち、60年以上もショービジネスのトップランクにいる、1926年生まれ(現在89歳!)のイタリア系アメリカ人歌手です。

同じイタリア系の兄貴分にして世紀の大歌手フランク・シナトラが、「金を出して聴く気になるのはトニーだけだ」という有名な言葉を残しています。

それを言わしめたのは1960年代ですからすでに50年前で、それからずっと一線にいて、メル・トーメ亡き後、名実共にシナトラの後継者たる男性歌手のトップになりました。

いま89歳にしてレディ・ガガと共演アルバムを出そうというのですから、驚異の長寿歌手でもあります。

では、トニー・ベネットに学ぶべきところは何でしょうか?

◆感動力

あらゆるコンテンツホルダーは人を感動させるのが仕事です。

感動させるから集客でき、感動させるから教育でき、感動させるから売れ、感動させるからリピーターになるのです。

とくにトニー・ベネットの優れているところは、ステージ上のパフォーマンスにおける感動力です。

観客を感動させるだけでなく、共演者を感動させ、バックバンドを感動させ、感動のるつぼを創るおそるべき力があります。

私は2013年の東京公演を観に行き、87歳でサビをシャウトする老歌手に、最初から最後まで涙が流れっぱなしでした。

シナトラでもサミー・デイビスJr.でもライザ・ミネリでもそんなことはありませんでした。

感動させる力において、私の見るところ歴代トップです。

とくに老境に入って磨きがかかっています。

2009年、オバマ大統領が主催したホワイトハウスでの迎賓コンサートで、トニー・ベネットが「Once In My Life」を歌ったとき、83歳の熱唱にオバマ大統領はスタンディング・オベーションし、最前列で聴いていたスティービー・ワンダーは感動のあまり祝福をじかにするため、盲目にもかかわらずベネットの前まで進み出たほどです。

◆歌詞をペイントする

では、トニー・ベネットの感動力のポイントは何でしょうか?私なりに分析してみたいと思います。

ベネットは絵を書くのが趣味で、その腕前は上級プロレベルであり、画家としてワシントンDCのスミソニアン博物館に3枚の絵が所蔵されています。

だから彼の歌を聴くと、歌詞の世界が鮮やかにビジュアライズされてくるのです。

歌で歌詞の世界の絵を描く人なのです。

コピーライティングの世界でも、ビジュアライズできる文章を書く人は、顧客の反応が取れるとよく言います。

人間は五感のうち視覚の印象から最も大きな影響を、(なんと全感覚中83%も)受ける生き物ですので、視覚的イメージを湧き立たせる彼の歌はひときわ感動力が強いのです。

おそらく彼はステージ上で、歌詞の世界をしっかり観ながら、それを描写して歌っています。

サンフランシスコ湾にかかる霧や、丘を登る小さなケーブルカーを画家のように描写しながら、聴衆をその世界に連れて行ってるわけです。

歌詞をペイントできる歌手、それがトニー・ベネットの感動力の根源の一つです。

◆対話しながらインタープレイ

さらに彼は決まったフレーズを決まったようにしか歌えない台本歌手ではなく、状況に柔軟に対応できるアドリブ歌手です。

1977年に、フランク・シナトラの芸能生活40周年を祝うパーティー・コンサートがあり、中央の席にシナトラ夫妻が座り、客席にもケイリー・グラントをはじめ大スターが勢揃いし、次々に大物歌手がステージに上がりました。

エンターテイナーの名手サミー・デイビスJr.でさえ緊張気味のステージで、シナトラはあまり笑顔を見せませんでした。

ところがトニー・ベネットが舞台に上がると、レコードとはまったく違う語りかけるようなアプローチで歌い始め、シナトラがぐいぐい引き込まれて聴き惚れているのが、画面からも一目瞭然でした。

サミーの緊張ステージでちょっと固くなったシナトラや観客の気分を、空気を読みながらほぐしていった超一流のインタープレイでした。

あの場面で、あれだけの観衆を前にして、あそこまでアドリブをかませる人は、あの日他にいなかった。

トニー・ベネットだけが別格なのを強く印象付けられたステージでした。

なにしろ最後に歌ったシナトラでさえ、やや緊張気味だったぐらいですから。

優れたパフォーマーは、いくら台本があっても、ステージに上った瞬間感じ取る観客の雰囲気に対応して演技のテイストを変えます。

その場に来た人を感動させられなかったら、目的は果たせないからです。

私はトニー・ベネットほどこれがうまくできる歌手を他に知りません。

◆歌い上げる圧倒的なパワー

そのように、ささやくような語り歌もうまいベネットですが、サビに入ると一転してオペラ歌手のように歌い上げます。

私の友人でクラシック・ピアノをかなりやった友人が、他のポピュラー歌手はそう認めないのに、「トニー・ベネットだけはいい」と言っていたのを想い出します。

彼は若い頃、特に、サビのクライマックスでは圧倒的なパワーで盛り上げていました。

そのベネットも80歳を超え、ずいぶんしわがれ声になったのですが、それでもいまだにサビは驚くほどの声量で歌い上げます。

私が東京国際フォーラムの大ホールでトニー・ベネットを聴いたときも、リラックスしてにこやかに笑いながら、最後の決めのときは躊躇なくシャウトしていました。

その不滅の気概に私は心を打たれ、ほんとうに涙が流れっぱなしで止まらないという初めての体験をしたのです。

人間が一つのことに賭けて人生をまっとうしたとき、どれほどの感動を人に与えるのか、思い知らされた一夜でした。

そんなことしたことのない私が、思わず「トニー!」と声を上げて祝福していましたから。

◆まとめ

私は人を感動させるのは、最後はやはり人間力だと思います。

けっしてテクニックなんかでない。もっと人間存在の根本のところから出てくる力が人を感動させるのだ。

トニー・ベネットを見ていて、つくづくそう思います。

そして、そのような感動力の持ち主のところには、間違いなく無限の富が流れてくるのです。

それは、富を引き寄せようとしているわけでさえないのです。

ただ魂の真髄から、己の信ずるところのものを、最高の自己を差し出すときに、富などはあとからついてくるのだと思います。

私の文章もきょうは随分フィールしたものになりました。

これもなにもトニーの感動力の素晴らしさの成せる技だと思います。

トニー、いつまでもお元気で。

2015年11月12日

遠江秀年

ぜひ一度こらんください!

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